ムネモシュネ・シナプス

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人生半分以上をBBAとして生きるって事実

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今年31歳になった。
自分が31歳になるとは思っていなかった。
早死にするだろうとか考えていたわけではなくて、31歳になった自分を具体的に想像したことがなかった。

 

中学生の頃は高校生の自分しか想像してなかったし、高校生の頃は20代前半の自分しか想像してなかった。大学生の頃は、「26歳くらいで結婚して、子供を産んで、それで歳を重ねていって...」と想像していたが、全くもって的外れな将来像だった。子供の頃からキャリア志向が強くて、子供を持つことに一度も興味を持ったことがない私が、なぜ20代で家庭を持つだろうか。

 

ちなみに26歳の私は大学院を修了して新社会人になったばかりで、25歳の半ばで経験した大失恋を引きずっており、結婚の「k」の字も考えていなかった。

 

子供の頃から妄想は得意だったが、将来に対する想像力は欠如していたんだな。
これまでの人生で一度も、アラサーを超えた自分の姿を真面目に想像したことがなかった。

 

しかし一体どれくらいの10代20代が、30代以降の自分を具体的に想像できているのだろう。

 

何歳からが「BBA」なのか問題

30歳を過ぎて、「私はもうおばさんなのか」と考えるようになった。


何歳からが「おばさん」なのか。
社会が発展するのに伴い、「子供」の期間も「青年」の期間も「中年」の期間も伸びていくが、私はやはり30歳を過ぎれば中年になるような気がしていた。

 

調べてみると、NHKが行った意識調査アンケートでは「『中年』は、40.0歳から、55.6歳まで」だと捉える人が多いという結果になったそうだ。
一方で、「幼年・少年・青年・壮年・初老・中年・熟年・高年・老年」という9つに分かれた年代の概念があることも発見した。「中年」という括りが「初老」の次に来るのに驚きである。

この9つの区切りに従えば、30代は「壮年」だそうだ。
「心身ともに成熟し、働き盛りとなった年代を意味する言葉」で「人生のうちで、最も活力がみなぎる年頃を指してい」る。そして「通常は30代から40代にかけて」をこう呼ぶらしい。

 

そして以下が「中年」に対する説明だ。

「中年」は、通常青年と老年の中間くらいの年代を意味します。
壮年期を過ぎ、高年の域に差し掛かるころまでをこう呼ぶようになっています。「中年男性」「中年女性」などのように、男女両方ともに使われる言葉です。...
「中年」が表す時期もまた、個人の意識によってそれぞれ違いがあります。性別によっても違いがありますが、一般的なところでは、大体40歳ごろから50歳中盤までを「中年」と呼ぶことが多くなっています。一方、前述の「健康日本21」では、「中年期」は45歳から64歳までとされています。

( 「幼年」「少年」「青年」「壮年」「初老」「中年」「熟年」「高年」「老年」の違い – 社会人の教科書、2021年6月15日閲覧)

 

わかったことはふたつ。
1、30代は「中年」ではなく「壮年」と呼ぶ。
2、「中年」の定義というのは曖昧だが、人々は大体40~50代の人のことを指すと認識している。

 

あれ、こうなると、「壮年期の人々をおじさん、おばさんと思うか」というのが問題になってくるな。

 

やっぱり30代はBBAなんじゃないか問題

ネットでは、30代女性は明らかに「BBA」扱いされている。
一方で「男は30代から」みたいな意識が男女共通であり、30代男性は「おじさん」とも言われるかもしれないが、どちらかというと「壮年」の概念にふさわしいポジティブなイメージが付与されるような気がしている。「イケおじ」への第一歩的なニュアンス。

 

これ、ずるいな、とアラサー女は思う。
と同時に、「BBA」に対するネガティブイメージが強いのは、決して男性からの意識だけではなく、私たち自身にも原因があるように感じてきている。

 

私の場合、27歳を超えたくらいから、なんとなく身体的な変化に気づくようになり、これが「老い」に対する闇雲な恐怖心になっていった。
体の疲れが取れない、前ほど油物が食べられない、顔にシミができてきた...。
まあこれらは確かに「老い」なんだけども、こうした変化に細かく気づいてしまうのは、女性が多いのではないか。毎日鏡を見ながら、目元の小皺やクマ、顔全体のくすみに敏感に反応してしまう。

 

同世代の男性の皆さん、どうですか?
私たちと同じように、こうした小さな変化に気づいて、不安になること結構ありますか?

 

何が言いたいのかというと、こうした小さな「老い」のネガティブな気づきが日々重なり、毎日毎日「醜く年をとってきているババア」であると自分自身に言い聞かせてしまっているように思うのだ。それが始まるのは人によりけりだが、敏感で繊細な人はきっと20代前半でもそう思い始めるのかもしれない。

10年前は自分が老いることなんて想像していなかった。
自分の顔にシミができるはずないと思っていたし、肩こりがどう辛いもわからなかった。
しかしある日、一度「老い」に触れると、すぐにそれは体全体そして意識の隅々まで染み込んでしまう。

 

「老い」という観念に怯え始めた時に、私たちは老い始めるのかもしれない、と思う。

 

人生半分以上をBBAとして生きることになる

もし、私のようにアラサーで「BBAの自覚」を感じる人が多いのなら、人生100年時代、私たちは人生の半分以上をBBAとして生きることになる。

 

だから私は、これから老いを受け入れていく心構えを身につけていく必要がある。
なんていうとかっこよく聞こえるけど、単純に「イケてるBBA」になりたい。

 

そう決意した私の最近の課題は、ロールモデルになるお姉様方の調査である。

「身ウチ」が増えれば生きにくい?

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親や兄弟になんとなく意地悪になってしまう、親しい友達の行動・言動になんだか苛立ちを覚える、あれ、なんなんだろう。

先日、近しい人に無駄にイライラしてしまう出来事が続いて、自分の驕りと心の狭さに自己嫌悪になりながら、この現象はどうして起こるんだろうと考えていた。

 

そしてたどり着いた結論は、近しい関係の〈その人〉を〈=(イコール)自分〉と考えてしまうから、だと思った。

「ウチ」と「ソト」、そして「ヨソ」

日本語を言語学的に勉強したことがある人は、「ウチ」と「ソト」という概念を読んだことがあると思う。

ちなみにこれは日本語学習者も勉強するので、日本に留学経験のある我がパートナー(オーストラリア人)も「AH!Uchi to Soto ね!」と理解している。

 

 以下は、言語学者三宅和子氏による「日本人の言語行動パターン -ウチ・ソト・ヨソ意識」を参照した説明になる。

 「内(ウチ)」というのは「家族、自分の会社の人、自分の属するグループなど *1」、生活において自分に近い人たちのことを指す。

 「外(ソト)」は「親しくない人、他人、他会社の人、他グループの人など *2」、普段自分とはあまり関わりのない人たちのことだ。

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出典:三宅和子「日本人の言語行動パターン - ウチ・ソト・ヨソ意識 - 」

 このシンプルな二つのグループを、三宅氏はさらに多層化して捉えることを提唱している。

円の中心に「自分」がおり、そのから順々に「ウチ」、「ソト」そして「ヨソ」と層が広がっていく。

ヨソというのは、「自己やウチとは関係がないがなにかのきっかけで関係をもちえる人」を指し、例として通行人や電車の中で一緒に乗り合わせている人などを挙げている。

三宅氏によるソトは、従来のものとは意味合いが少し変わってくる。
三宅氏的ソトに属するのは、「ごく親しくはないがウチ、自己と関連がある人」である。自分と同じ会社の人、同じ学年の人など、親しくはないが生活圏を共にしている人に追加して、〈母の職場の人〉や〈友達の家族〉なども含まれるのかなと思う。

 

「ヨソ」という概念もなるほど!と膝を打ちたくなった。
「他所様に迷惑をかけるな」という時の「他所様」とは、物理的にも精神的にもなんの繋がりもない人のことは想定していない。あくまで自分と関わりがある、もしくは関わりを持ち得る人のことを指している。

「ウチ」の人と自分の境界線

三宅氏の論文を基に3つの概念を紹介したが、今回注目するのは「ウチ」の人と「自分」の関係性である。

冒頭で私が示した問題は、「親しい人の行動や言動に苛つきやすいのはなぜか」という事だ。

 私は、この「ウチ」の人と自分の境界が時々曖昧になってしまうから、彼らに対して感情が激しく動くんじゃないかなと思う。

 家族や親しい友達、同僚などにイライラしてしまう時、無意識に頭のどこかで「なんでそんなことするんだ、私だったこうするのに」と考えてはいないか。

 彼らを「私(自分)」の延長上に捉えてしまって、自分の期待するように行動しないと腹が立ってしまう。自分の手足を自分が思うように動かせずに憤るのと同じ。

 

しかしちょっと待て、彼らは自分とごく近い「ウチ」の人ではあると同時に、自分とは別の人格を持った〈他人〉でもあるのだ。身近であればあるほど、甘えられる存在であればあるほど、自分とその人の境界線が曖昧になってしまう。

 

三宅氏は言う。
「日本人の自己が時にはまわりの『内』と同化する現象はあっても、自己はあるはずである」

そう、私たちには自己がある。そして同化しうる「ウチ」の人間は、紛れもない他人でもある。誰かに苛立ちや憤りを感じた時、彼らは私が制御する人形ではなく、独立した意思を持った個人であることをちゃんと思い出さなくてはいけない。

「ウチ」の範囲が広がると、生きにくい?

時々、他人に対して過剰に固執して怒っている人に遭遇したりする(簡単に済ませらせないほど複雑な状況だったり、距離をおこうにも置けなかったり、やむにやまれない様々な場合は無限に存在していることもわかってるよ)。

 「ウチ」の範囲が広がりすぎると、無意識に他人と同化する回数も多くなり、自分の思い通りにいかずにイライラしてストレスを溜めることも多くなるのかなぁ...と黄昏れたりする。距離感を意識することって大事だよなあ、と。

 しかし同時に、あまりにも他人との境界線を意識して生きるのも、ちょっと寂しくはないかと思ったりもする。だって無意識に共感できる「ウチ」の人が減るわけで、精神的に近い信頼のおける存在が減るわけだから。

 他人に感情をかき乱されたくないから「ウチ」の人を最低限に止めるのも、生きやすいかもしれない。だけどそれはそれで、孤独だよなあ...。

 

【参考文献】

三宅和子、2007年「日本人の言語行動パターン -ウチ・ソト・ヨソ意識」(2021年7月4日閲覧、https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/records/6191#.YOGlARMzZQI

【脚注】

*1、*2  平林周祐・浜由美子(1988)『外国人のための日本語例文・問題シリーズ10 敬語』 荒竹出版

自分の機嫌を自分で治せるか

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私は海外の田舎に住んでいて仕事は完全在宅で周りには友達もいないので、ひねもす家にいる。

通勤や移動もなく、手のひらに収まるほどの人としかコミュニケーションを取らないので、身体的にも肉体的にも力が有り余っている。オフィス勤めのサラリーマンからは羨ましがられそうな生活をしているが、この生活でも不安や不満やストレスは発生する。今は東京で会社勤めをしていた頃が恋しい。

 

あらためて人間は本当にわがままで貪欲なのだと自覚させられる。

 

こんな家猫とほぼ変わらない暮らしで時間ばかりはたっぷりあるので、余計なことばかり考える。こうやって古代ギリシャ哲学は発達したのだな。

 

カゴの中

私の家の周囲には店が1件、カフェ兼小さな商店で15時には閉まる。家近くのバス停から町へ出るバスは1日数本で、車で20分ほどのショッピングモールへ行き来するのも、バスを使うと1日がかりである。

 

車がなければお話にならない場所なのだが、国際免許の期限も切れ、そもそもペーパードライバーで自分の運転スキルに全く自信がないので、車はまだ持っていない。いつかは免許を取らなくてはと思いつつ、免許取得に時間がかかるオーストラリアで二の足を踏んでいる(詳しいシステムの説明は今回は省略)。

 

車も持っておらず、アップダウンの多い地形でまともに自転車にも乗れない私の移動手段は、もっぱら徒歩である。
しかし平日日中は6〜8時間ほど在宅稼働しているので、そうそう簡単に買い物すらいけない。なぜならスーパーに行くのも徒歩で往復80分、買い物をする時間を含めると120分ほどかかる。さらにトイレットペーパーだ牛乳だを1人で抱えて帰るとさらに時間がかかるし、運べる物量と時間数を考えると全く効率的でない。だから週末にパートナーの運転する車でまとめて買い出しに出かけるのである。

 

パートナーの力がなければ私はほとんど何もできない。
皮膚科の薬をもらいに医者に行くのも、気になった化粧品を買いに行くのも、買い忘れた消耗品をスーパーに買いに行くのも、彼の力を借りて、彼の時間を割いてもらわないと私がやりたいことができない。必要なものが手に入らない。

 

1週間に1回は、自分の無力さに呆れて腹が立ってくる。
時々、自分で何にもできないことの悔しさに涙が出てくることもある。
こんなカゴの中みたいな生活の中で、私はどんどん老いていくのかと底知れない不安と恐怖を感じることもしょっちゅうある。

 

こちらに移住するのは自分で決めたことだ。東京での生活と比べても何も始まらない。
というありきたりな自戒の言葉を何度も心の中で唱えたが、それでもグルグルする精神状態。

 

カゴの中から抜け出すか、それとも

東北の人口数万規模の町で育った私は、小中学生の頃の生活を思い出す。
ど田舎とまでは行かないが、義務教育を受けている最中の子供が移動できる範囲は非常に限られていて、買えるものも選べるものも、雑誌やテレビで見るものとは大きな違いがあった。隣の大きな町やジャスコに行ったとしても、行く場所、手に入るものの選択肢はそこまで変わらない。

 

父は「場所は関係ない」とよく口にしていたが、上京した私が思ったのは「場所で大きく変わる」だった。正直、この考えは今も変わらない。

 

限られた条件で自分の満足させるには、創意工夫が必要だ。
限られたツールと限られた環境の中で、自分を満足させるには色々なアイディアでやり方を工夫しなくてはいけない。


制限のある中で多彩なクリエイティビティを発揮できる人もいるが、私はその能力に長けていない。何をするにもまず十分に道具を揃えたいと思ってしまうし、なければ自分で作るより買ってしまおうとする。私の欲求を満たすモノやコトはいつも自分の「外側」にあるから、それらにアクセスする手段が絶たれると私はすぐに行き詰まる。
だから、自分の機嫌の取り方も下手くそなのだ。

 

20年前。とある週末。
多忙な平日に両親は疲れ果て、子供を連れて外出する余力がないステイホームな週末。


テレビをつけてもつまらないゴルフの中継、友達と遊ぶ予定もなく、宿題も片付けてしまった。プレステ、漫画、カードゲーム、暇をつぶすおもちゃはたくさんあったけど、どれも今は魅力的じゃない。
そんなとき、私は何をしていたんだろう。

自分の機嫌の取り方

何をすれば楽しくなれるのか、気が晴れるのか。
限られた条件で、自分の力でご機嫌になれる方法はなんなのか。

カゴの中で少しでも文化的に生きていくために、少しでも30代女の自尊心を回復させるために、「何もせずに日々を過ごしていく」ことに絶望せずに過ごしていくために、自分の機嫌をうまくコントロールすることが大事なのだと感じている。

 

 

忙しかったり悩み事が多かったりするとこんなことは考えずに済むし、目の前の課題をやっつけていくだけで何かを学べ、成長もできる。

 

 そして私の大好きな東京はモノや場所に溢れていて、簡単に気を紛らわすことができた。能動的に「楽しいもの」を探さなくても、自分が機嫌よくなるための選択肢はたくさんあった。
自分で稼げるようになってからは、買い物することが暇つぶしだった。
そんな自分の姿にうっすら疑問を抱いても、深掘りして考えることもせず、すぐまた日常の忙しさの中に忘れていった。

 

今、そのツケがきているのかもしれない。
だから自分の機嫌の取り方を学ぶため、こうしてパソコンに向かっている。
最近は水彩画も始めてみた。これはすごく楽しくて自分の成長が視覚的にわかりやすいためどハマりしているのだが、また私の悪い癖ですぐ新しいツールを買おうとしてしまう。そうじゃない、今持っているスキルとツールで生み出せるお気に入りの作品を追求しなくてはいけないのだ。

 

子供の頃の私の特技は絵を描くことで、好きなことは本を読むことだった。

都会サラリーマンは田舎キャンプの夢を見る

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AM4:40 アラームが鳴る数分前に勝手に目が覚める。アラームが正しく鳴るまでは、眠気を喉に詰まらせたままベッドの中で動かない。

 

AM4:45 清々しい和音でゆったりとした音楽が鳴り出す。最近のスマホでは「優しく起こすため」の目覚め用アラーム音が設定できるが、慣れてくればこれらもアナログの目覚まし音も大して変わらない。どっちも鳴れば憂鬱だしムカつく。

 

AM5:50 6時すぎの電車に乗るために家を出る。冬場はまだ真っ暗で凍てつく寒さ。

雑なドライヤーのせいでまだ少し湿っている髪にさらに寒さが染み込む。

 

AM6:05 最寄駅から電車に乗る。乗り換えまでたった5分、それでも座りたいと思うけど、もちろん今日も空席はない。みんなほんのり、空気に触れたばかりの整髪料、化粧品、香水の匂いをまとっている。

 

AM6:10 大きな駅で電車の乗り換え。部活の朝練に向かう学生だけが生気を放っている。いつも乗り込む車両位置まで早足で向かい、列に並ぶ。

 

AM6:12 心を無にして快速電車に乗り込む。すでに全座席に人が座り、その前には人が立ち、ドア側の人たちはそんな簡単に押されるまいと体を強張らせ、車内中程の人たちは無意識にホームに並ぶ人の数を目で追う。なぜか今日は人が多い。「東京の奴隷船」こと超満員電車を避けるために早起きしているのに、こういう日は朝からテンションが下がる。

 

AM6:14 車内で本を読もうか一瞬迷うが、今日も表紙すら開かず。惰性のままにイヤフォンを装着し、体を縮こませてダウンビートのアルバムを聴く。隣の人の大きな鞄が腕に当たるので、睨み返そうと顔を上げると、その人は目の下に青黒いくまをこさえて立ったまま居眠りしている。怒りが鎮まり音楽に気を戻す。

 

AM6:40 やっと降車駅に辿り着く。少しずつ頭と体があったまってきて、今日やるべきことを整理し始める。5つある改札の右から2番目を通り抜けるのが毎朝の儀式になっている。

 

AM6:50 オフィス近くのカフェに入る。豆乳ラテのMサイズとベーグル頼むと、馴染みの店員さんに愛想良く挨拶をして、口角を少しあげたまま飲み物が仕上がるのを待つ。ここで今日の笑顔カウンターが1カウントされる。

 

AM7:00 人が少ない窓辺の席を確保し朝食を摂る。会社のパソコンを起動させてメールを確認する。いつも長文ばかり送ってくる奴のメールに苦々しい思いで目を通す。多分こいつは格助詞が何かも知らないし、主語と述語の基本構造すら理解していない。

 

AM7:50 豆乳ラテも残り少なくなり、メールも一通り返信し終える。私の1日はここで終わってもいいんじゃないか。すでに疲労感が腰くらいまで漂っている。カフェの外は人通りが多くなり、満員電車の毒気を抜きながらサラリーマンたちがそれぞれの戦場へ向かっている。それを横目にスマホを取り出しインスタやTwitterを眺める。Tiktokを始めた方がいいのかぼんやり考える。

 

AM8:15 カフェを出てオフィスに向かう。朝の冷気に少し背筋がしゃんとなる。会社に着くこの5分そこそこで戦闘態勢が整う。脳内が労働モードに切り替わり、考え事は今日の営業先に提出する資料の選定になる。 

・・・
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PM6:15 見積書を作成しているが、2時間ほど前にすでに集中力は充電切れ。定時を過ぎていつ帰ろうかタイミングを見計らっていたら、めんどくさい見積もり押し付けられた。こういう状態で数字や事務書類を扱うと大抵ケアレスミスをしているし、もう時間も時間なんだから明日に回してもいいじゃないか。「メールは即返信」「電話ばかりかけてくる人は無能」とかなんとか啓蒙ビジネス書ばかり読んでる上司にとっては、質より速さなのだ。時々賛同できることも言うけど、今はただひたすらうざい。「できる上司はさっさと仕事を終わらせて定時で帰れ。」

 

PM6:45 やっと退勤。外出すると運動後のような爽快感があるのに対し、内勤の日は人の邪魔ばかり入って自分の仕事が進まないから苛立ちばかり溜まる。もっとアポを増やそう。

 

PM7:00 電車に乗り込むと同時に入り口横の席が空いた、ラッキーである。脇目も触れず一直線に席に座り込むと、鞄を抱え込んで居眠り態勢に入る。目を瞑ってため息をつくと、膨張した脳の空気が抜けていくようである。

 

PM7:25 乗換の駅に到着。少し昼寝(夜寝?)もできて、副交感神経優位になってきているのを感じる。ふわふわした頭のまま改札を出て、駅ビルに入る。エントランス付近の花屋さんに青くて小さな花が売っている。その隣の大きな白い花との組み合わせに見惚れてしまう。

 

PM8:15 目玉焼きののった焼きそばパックを入れた袋、もう片方の手には白と青の花が一輪ずつの慎ましい花束を握ってもう一度改札をくぐる。実は鞄の中には、衝動買いしたサンダルウッドベースのアロマオイルと、インスタで見て狙っていた限定色のチークと、同じブランドのフェイスパウダーが入っている。

 

PM8:40 両手に荷物を持っているためもたつきながら鍵を開け、やっと帰宅。キッチンスペースに焼きそばを置き、鞄をベッド横に放り投げると、埃をかぶった花瓶を綺麗にして買ったばかりの花を活ける。

 

PM9:00 化粧も落として部屋着に着替え、大きなリボンのついたタオル地のヘアバンドで顔まわりの髪を全てのけると、電子レンジでチンした焼きそばを食べ始める。パソコンでYoutubeを開いて、キャンプ用品を駆使しながら自然の中で食事を摂る動画を視聴する。この動画を見るのはもう3回目。

 

PM9:30 歯磨きを済ませてベッドに横になる。部屋の電気もすでに常夜灯。スマホでネットサーフィンをしているうちに瞼が落ちて、知らないうちに眠っている。

 

都会サラリーマンは田舎キャンプの夢を見る。

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