ムネモシュネ・シナプス

健康で文化的な生活を目指すブログ

自分の機嫌を自分で治せるか

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私は海外の田舎に住んでいて仕事は完全在宅で周りには友達もいないので、ひねもす家にいる。

通勤や移動もなく、手のひらに収まるほどの人としかコミュニケーションを取らないので、身体的にも肉体的にも力が有り余っている。オフィス勤めのサラリーマンからは羨ましがられそうな生活をしているが、この生活でも不安や不満やストレスは発生する。今は東京で会社勤めをしていた頃が恋しい。

 

あらためて人間は本当にわがままで貪欲なのだと自覚させられる。

 

こんな家猫とほぼ変わらない暮らしで時間ばかりはたっぷりあるので、余計なことばかり考える。こうやって古代ギリシャ哲学は発達したのだな。

 

カゴの中

私の家の周囲には店が1件、カフェ兼小さな商店で15時には閉まる。家近くのバス停から町へ出るバスは1日数本で、車で20分ほどのショッピングモールへ行き来するのも、バスを使うと1日がかりである。

 

車がなければお話にならない場所なのだが、国際免許の期限も切れ、そもそもペーパードライバーで自分の運転スキルに全く自信がないので、車はまだ持っていない。いつかは免許を取らなくてはと思いつつ、免許取得に時間がかかるオーストラリアで二の足を踏んでいる(詳しいシステムの説明は今回は省略)。

 

車も持っておらず、アップダウンの多い地形でまともに自転車にも乗れない私の移動手段は、もっぱら徒歩である。
しかし平日日中は6〜8時間ほど在宅稼働しているので、そうそう簡単に買い物すらいけない。なぜならスーパーに行くのも徒歩で往復80分、買い物をする時間を含めると120分ほどかかる。さらにトイレットペーパーだ牛乳だを1人で抱えて帰るとさらに時間がかかるし、運べる物量と時間数を考えると全く効率的でない。だから週末にパートナーの運転する車でまとめて買い出しに出かけるのである。

 

パートナーの力がなければ私はほとんど何もできない。
皮膚科の薬をもらいに医者に行くのも、気になった化粧品を買いに行くのも、買い忘れた消耗品をスーパーに買いに行くのも、彼の力を借りて、彼の時間を割いてもらわないと私がやりたいことができない。必要なものが手に入らない。

 

1週間に1回は、自分の無力さに呆れて腹が立ってくる。
時々、自分で何にもできないことの悔しさに涙が出てくることもある。
こんなカゴの中みたいな生活の中で、私はどんどん老いていくのかと底知れない不安と恐怖を感じることもしょっちゅうある。

 

こちらに移住するのは自分で決めたことだ。東京での生活と比べても何も始まらない。
というありきたりな自戒の言葉を何度も心の中で唱えたが、それでもグルグルする精神状態。

 

カゴの中から抜け出すか、それとも

東北の人口数万規模の町で育った私は、小中学生の頃の生活を思い出す。
ど田舎とまでは行かないが、義務教育を受けている最中の子供が移動できる範囲は非常に限られていて、買えるものも選べるものも、雑誌やテレビで見るものとは大きな違いがあった。隣の大きな町やジャスコに行ったとしても、行く場所、手に入るものの選択肢はそこまで変わらない。

 

父は「場所は関係ない」とよく口にしていたが、上京した私が思ったのは「場所で大きく変わる」だった。正直、この考えは今も変わらない。

 

限られた条件で自分の満足させるには、創意工夫が必要だ。
限られたツールと限られた環境の中で、自分を満足させるには色々なアイディアでやり方を工夫しなくてはいけない。


制限のある中で多彩なクリエイティビティを発揮できる人もいるが、私はその能力に長けていない。何をするにもまず十分に道具を揃えたいと思ってしまうし、なければ自分で作るより買ってしまおうとする。私の欲求を満たすモノやコトはいつも自分の「外側」にあるから、それらにアクセスする手段が絶たれると私はすぐに行き詰まる。
だから、自分の機嫌の取り方も下手くそなのだ。

 

20年前。とある週末。
多忙な平日に両親は疲れ果て、子供を連れて外出する余力がないステイホームな週末。


テレビをつけてもつまらないゴルフの中継、友達と遊ぶ予定もなく、宿題も片付けてしまった。プレステ、漫画、カードゲーム、暇をつぶすおもちゃはたくさんあったけど、どれも今は魅力的じゃない。
そんなとき、私は何をしていたんだろう。

自分の機嫌の取り方

何をすれば楽しくなれるのか、気が晴れるのか。
限られた条件で、自分の力でご機嫌になれる方法はなんなのか。

カゴの中で少しでも文化的に生きていくために、少しでも30代女の自尊心を回復させるために、「何もせずに日々を過ごしていく」ことに絶望せずに過ごしていくために、自分の機嫌をうまくコントロールすることが大事なのだと感じている。

 

 

忙しかったり悩み事が多かったりするとこんなことは考えずに済むし、目の前の課題をやっつけていくだけで何かを学べ、成長もできる。

 

 そして私の大好きな東京はモノや場所に溢れていて、簡単に気を紛らわすことができた。能動的に「楽しいもの」を探さなくても、自分が機嫌よくなるための選択肢はたくさんあった。
自分で稼げるようになってからは、買い物することが暇つぶしだった。
そんな自分の姿にうっすら疑問を抱いても、深掘りして考えることもせず、すぐまた日常の忙しさの中に忘れていった。

 

今、そのツケがきているのかもしれない。
だから自分の機嫌の取り方を学ぶため、こうしてパソコンに向かっている。
最近は水彩画も始めてみた。これはすごく楽しくて自分の成長が視覚的にわかりやすいためどハマりしているのだが、また私の悪い癖ですぐ新しいツールを買おうとしてしまう。そうじゃない、今持っているスキルとツールで生み出せるお気に入りの作品を追求しなくてはいけないのだ。

 

子供の頃の私の特技は絵を描くことで、好きなことは本を読むことだった。