年も明けて仕事始めを目前にした週末。
40℃近い外気と太陽光を遮断するために分厚いカーテンを閉め切った部屋で、パソコンを開いている。
この部屋にはエアコンがないため、昼間も薄暗い穴ぐらのようにして暑さを凌ぐ。日本人からすると、40℃の夏にエアコンなしなんて信じられないと思うが、空気が乾燥した夏の日陰はとても涼しい。突き刺す日差しと熱風を遮断できれば、エアコンなしでも割と快適に過ごせる。砂漠の人々が石造りの洞窟のような家に住んでいる理由に納得した、30歳手前の年末である。
去年は雪国の地元でお正月を迎えたが、今年はビーサンにタンクトップ姿で、日本よりも2時間先に2020年を迎えた。オーストラリアにて、生まれて初めて海外での年越しだった。
12月下旬から住みはじめたニューカッスル(ニューキャッスルとも表記される/ New Castle)は、シドニーから車で3時間弱、電車で2時間半の場所にある港町。ニューサウスウェールズ州内でシドニーに次ぐ都市らしいが、高いビルはほとんど見当たらず、せわしい電車や人々の波に飲み込まれることもないのんびりとした地方都市。ここはビーチタウンとしても有名で、いくつかある街のビーチには常に海水浴客やサーファーがいる。
ニューカッスルは全てがほどほどのちょうどいい場所である。シティライフが恋しくなれば、日帰りでシドニーに遊びに行ける。買い物に困らない程度にスーパーが点在し、街角には小さなコンビニがある。ふらふらとウィンドウショッピングできる通りがいくつかある。地元のビーチは程よく賑わい、お腹が空けばキオスク(いわゆる海の家)で出来立てのフィッシュアンドチップスやバーガーを食べれる。
ある人には魅力的な街に聞こえるかもしれない。
またある人はつまらない街だと思うかもしれない。
たくさんの新しいもの、美しいものに溢れ、無限に思えるほどの選択肢の中から選ぶ楽しさがある都市生活を好む人には、この街は退屈だと思う。約10年間東京の生活を楽しんできた私も、正直いつ飽きてしまうだろうとまだ不安である。
しかしワーホリニートとなり必要以上に見栄を張る必要がなくなった今は、物欲も減退したし、着飾る時も場所もほとんどなくなった。ヴィンテージというにはあまりにも大きすぎる穴が開いたTシャツのお兄さんが働くカフェを横目に、ビーチサンダルをペタペタ言わせながらスーパーに買い物に行くのが、もっぱらの経済活動である。
都市生活を非難するつもりはない。それに紐づく大量消費社会に対する懐疑的な気持ちはあるけど、新しい服や本を探しに行ったり買ったりすることは大好きだし、たくさんのモノを見て回る行為は純粋に楽しい。ただ、大都市から離れ、友達も知り合いもおらず、言語の壁があるこの街で孤独に暮らしていると、「どうしてあんなに買い物ばかりしていたんだろう」と思わずにいられないのである。
20代を丸々東京で暮らして、都市部の日常生活の光と影をゆるやかに経験してきた。少なからずストレスを感じることはあったけど、地元へ戻るという考えはこれっぽっちも浮かばなかった。しかし、東京に執着し続けるために押し殺してきた心の声を思い出した。
私のヒーロー、タイラー・ダーデン。
彼は小説及び映画『ファイトクラブ』の主要人物の1人で、廃墟同然の家に住み、自家製石鹸を売り歩くワイルドなミニマリストである。映画版ではブラッド・ピットが演じた。ブラピ自身の魅力とタイラーというキャラの魅力が絶妙に融合し、カリスマ性を200%高めている。
ニューカッスルにきて、20代で培ってきた能力や人脈、そして自分の強みがほとんど通用しなくなり、見栄なんか忘れ、恥すら捨てないと生活できなくなった。シティーガールの自分が崩壊した時、現れたのは私の中の「タイラー・ダーデン」である。消費社会の中の物質主義、拝金主義的部分に唾を吐き掛け、仙人のような生活を良しとする彼と一緒に、東京での暮らしを振り返っている。